【文楽】新版歌祭文~野崎村(しんぱんうたざいもん~のざきむら)お染久松:かんたんあらすじと解説:見どころ

『新版歌祭文(しんぱんうたざいもん)』は、1710(宝永7)年1月6日に大坂で油屋の娘おそめと奉公人の丁稚久松が心中した事件を元にしたお話で、「お染久松(おそめひさまつ)もの」というジャンルです。

人形浄瑠璃の演目としては、『染模様妹背門松(そめもよういもせのかどまつ)』と『新版歌祭文』(しんばん うたざいもん)の「第三幕 野崎村の段」があります。新版歌祭文』はこの段ばかり上演されるので、通称『野崎村』とも呼ばれます。

歌祭文(うたざいもん)とは、三味線を弾きながら事件を伝える芸能のことです。今でいうワイドショーやゴシップ誌のようなものですね。

NHKにっぽんの芸能がきっかけでいらした方はこちらもチェックしてみてくださいね。

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新版歌祭文 (しんぱんうたざいもん):お話の背景をざっくり

裕福な油屋の娘お染(おそめ)と丁稚久松(ひさまつ)と許されぬ恋と心中。そして田舎で久松を待つ許婚のお光の恋模様。

野崎村は今の大阪府大東市あたり、旧暦の暮れも押しせまったのどかな村で起きる哀しい物語です。

この演目は、実話のお染・久松の心中事件をもとにしていると言われています。

が、実話はこの二人は恋仲ではなく、お店のお嬢さんであるお染を子守をしていた丁稚の久松の組み合わせという説があります。

久松が幼いお染を誤って溺死させてしまい、そのことを責められた久松が首をくくって自殺したということです。

いずれにしてもセンセーショナルは事件ではありますから、「歌祭文」の格好の題材になったことでしょう。

劇中にも三味線を弾きながら『お夏・清十郎』の心中事件を伝え、その内容を書いた祭文を売る「祭文売り」が登場します。『お夏・清十郎』は心中を匂わせるキーアイテムになります。


新版歌祭文 (しんぱんうたざいもん):前半あらすじ(ネタバレ)お染「思うが無理か女房じゃもの」

油屋の丁稚久松には故郷の野崎村にお光(みつ)という許嫁がいますが、油屋のお嬢様のお染と許されない恋仲になっていました。

お染との縁談を狙う質屋の悪だくみにより、店の売掛金をだまし取られた久松は実家の養父・久作(きゅうさく)の元へ帰されてきます。

許婚のお光と祝言を挙げることになり、急なことに喜ぶお光。いそいそと祝言の支度をはじめるお光の前に、久松を追ってきた油屋のお染が現れます。

純朴な田舎娘のお光と都会的で大人びたお染。互いに恋の火花を散らします。お光は久作に連れられて奥に入ります。お染は久松と一緒になれなければ死ぬといいます。

実はお染は久松の子を宿しています。

「思うが無理か女房じゃもの」と思い詰めるお染。久松も心中の覚悟を決めます。

それを悟った養父の久作が、『お夏・清十郎』になぞらえて、若い二人を思いとどまらせようと説得します。





新版歌祭文 (しんぱんうたざいもん):後半あらすじ(ネタバレ)

お染と久松は説得を受け入れたふりをしてその場を納めます。

ともかく久松とお光にいそいで祝言を上げさせようする久作。次の間には何も知らない盲目の老母もいます。

支度を終えて、真っ白な綿帽子をかぶったお光が現れます。

綿帽子を脱ぐとお光はすでに髪を切って尼姿になっていました。心中するつもりであることを察したお光は、自分が身を引くことで二人を思いとどまらせようとしたのです。

さきほどから戸口で様子をうかがっていたお染の母が登場します。売掛金の件も解決し、久松も店に戻ることに。人目をはばかり、お染と母は舟で久松はかごで戻っていきます。

尼の姿になって、すっかり口調も改まったお光は理性的に二人を見送ります。

久松と夢見た結婚生活も絶頂のまま摘み取られ、残されたお光はこらえきれずに久作の胸にすがって泣き崩れるのでした。

(お光の献身の甲斐もなく、大坂にもどってほどなく、お染・久松は心中をします。)




『野崎村』見どころ:おみつ「訳はそっちに覚えがあろう」

田舎から出てきて都会に奉公した久松、それを郷里でずっと待つおみつ。おみつの思いにもかかわらず、都会の水にそまって奉公先のお嬢さまお染と恋におちる久松。

太田裕美さんの大ヒット曲『木綿のハンカチーフ』も同じ展開ですね。

嫉妬に「訳はそっちに覚えがあろう。」というセリフが有名で、社会現象にもなったとか。

いわゆる「お染久松(おそめひさまつ)もの」として、【染模様妹背門松】などいろいろバリエーションがあるなかで、この『野崎村』がずば抜けて上演頻度が高い演目です。




『野崎村』歌舞伎や他の作品との違い:お染久松お光の行方

歌舞伎でも人気の演目で、まだ勘九郎だった十八代中村勘三郎丈が野崎村のお光をやったのを私はよく覚えていますが、お光のけなげさに泣けてしまいました。

その時は舞台上手に仮花道が設置されて、母娘を乗せた舟と久松を乗せたかごがそれぞれ両側の花道を進んでいき、それを本舞台から見つめ泣き崩れるお光という図が印象的でした。

誰が悪いのでもなく、それぞれ相手を思いやっているのに、誰も幸せな結末にはならない、切ない物語です。





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