【文楽】心中天網島(しんじゅう てんの あみじま)かんたんあらすじと解説:見どころ読み方登場人物:こたつ

『心中天網島』(しんじゅう てんの あみじま)。近松門左衛門の心中ものの名作です。

妻子ある男が、妻と恋人の間で思い悩んだ末に心中します。その二人の情死そのものよりも、巻き込まれた妻や家族の立場の苦悩、義理や人情を描いたヒューマンドラマです。

本作以外にも、他の作者により同じテーマでいくつも作品が生まれ、その中のひとつは『時雨炬燵(しぐれこたつ)』の題で上演されています。

私の中では『心中天網島』といえば「炬燵でウダウダめそめそ男」です。女房と愛人は、ふたりともよくできた女。ダメ男ぶりを際立たせます。



心中天網島:どんな話?登場人物は?通称・網島(あみじま)、河庄(かわしょう)、炬燵(こたつ)、小春治兵衛(こはるじへえ)

享保五年(1720年)に大阪網島の大長寺(だいちょうじ)で実際にあった心中事件をもとにしています。

メインの二人は、紙屋治兵衛(かみやじへえ)と遊女紀伊国屋小春(きのくにやこはる)です。

人気演目ですが、特に多く上演されるのは遊郭の場面「北新地河庄の段」と、紙屋治兵衛の自宅「天満紙屋内の段」です。

家に連れ戻された治兵衛が自宅の炬燵(こたつ)でウダウダふて寝しつつ、小春を想って涙を流す場面が印象的です。

さらに「大和屋の段」「道行名残の橋づくし」と叙情的な場面が続きます。

主な登場人物は妻おさん、治兵衛の兄の粉屋孫右衛門(こや・まごえもん)です。

治兵衛の妻おさんの立派な女房ぶりや献身、そして若くて可憐な小春との女同士の義理が胸を打ちます。

そして治兵衛はいい女の両方から愛されるダメ男です。

美しい詞章や名曲はともかく、つくづく男のファンタジーだと思います。



心中天網島あらすじ:北新地河庄の段:廓ですったもんだ

妻子ある紙屋治兵衛(かみや・じへえ)は、曽根崎新地の紀伊國屋小春(きのくにや・こはる)という遊女と深い仲になります。

心ここにあらずの治兵衛は、妻おさんを悩ませ、周囲の者や家族からも別れるようにさんざん言われています。

周囲の反対にあって二人はますます盛り上がり、二人の仲を誓う「起請文(きしょうもん)」を何十枚とやりとりしています。

さらに心中の約束をして、実行の機会をうかがっています。

はたから見たら互いに酔いしれているバカップルとしか見えませんが、小春は道理の分かっている女であることがあとでわかります。

そうこうしているうちに、治兵衛の兄の粉屋孫右衛門(こや・まごえもん)が変装して説得に乗り込んできます。

そこへ、治兵衛の妻おさんから小春に宛てて「夫と別れてほしい」という手紙が届いたりして急展開。

ここまで周囲の反対にあって二人は別れることになり、彼らの生活は平静に戻ります。


心中天網島あらすじ:天満紙屋内の段:こたつでめそめそ

治兵衛の妻おさんは良くできた女。テキパキとした典型的な大阪商人の女房です。小春にも治兵衛と別れてほしいと手紙を書いて、小春を納得させました。

ところが、小春との心中もはたせず家にもどった治兵衛は、炬燵に入ってめそめそ泣いています。

まだ小春に未練があるのかと、おさんもさすがに文句を言います。

しかし、治兵衛は未練ではないといいます。小春が恋敵のよその男に身請けされる、男の意地が通らなかった涙だそうです。

(へええぇ。何が男の意地なもんか!とワタクシは思いますが、おさんはそうは言わず。)

おさんは、治兵衛以外の男に身請けされるぐらいなら、小春は自害するだろうと直感します。

小春を死なせては女の義理が立たぬと考えたおさんは、こちらで身請けしようと決心します。

身請けの金を作るため、家にある着物をかき集めて質入れしようするおさん。

押入れを開けてパタパタ荷造りしているところに、おさんの父・五左衛門(ござえもん)が現れ、おさんを実家に連れ戻していきます。




心中天網島あらすじ:大和屋の段・道行き名残の橋づくし:橋はいくつ出てくる?

心中天網島:大和屋の段

こんなにも周囲に迷惑と心配をかけているのに、治兵衛は小春と心中するしかないと決心します。みんなの気持ち台無し……。

二人は夜更けに店を抜け出し、堂島新地にある大和屋(やまとや)前で待ち合わせます。

治兵衛は、心配して探しにきた兄の孫右衛門をかげから拝み、後姿を見送ります。

客席から「ちょっと待てや!」と声をかけたいところです。

心中天網島:道行き名残の橋づくし

しかし、こんな結末なのに詞章は美しい。大坂(大阪)の橋をよみこんだ「なごりの橋づくし」は名文として知られています。

小春と二人、蜆川(しじみがわ)沿いに、橋をつぎつぎと渡って死に場所へ急ぎます。蜆川は別名を曾根崎川といって、かつて堂島川の支流でした。

冒頭は天神橋で二人たたずんでいる場面で始まります。今まで通り過ぎてきた橋を振り返り、これから通っていく橋に死後の世界を重ね合わせます。

梅田橋、緑橋、桜橋、蜆橋、大江橋 難波小橋、舟入橋、堀川の橋
天神橋
天満橋、京橋、御成橋 天満橋、京橋、御成橋

治兵衛の家があるのは天神橋の北。大和屋のある堂島と、めざす網島の中間地点にあります。

夜明け前に二人は、心中場所の網島の大長寺へ到着。

心中とはいえ、同じ場所で死んでは妻おさんに申し訳ないと変なところで義理堅い治兵衛。

まず治兵衛が小春を刺し殺します。小春の死を見届けたところで、治兵衛は桶の上で首を吊ります。

やがて日が昇れば、二人それぞれの遺骸を照らしていくでしょう。二人を死なせないために苦労した妻おさんや、兄の孫右衛門の気持ちを思うと切なすぎる結末です。





心中天網島あらすじ:見どころ

よくできた妻といとしい愛人の中で揺れ動くのも人情。

弟を想い、さむらい姿に変装して遊郭まで探りにくる兄の孫右衛門の人情。そして、妻おさんと愛人小春の間の女の義理。

近松門左衛門の心中ものはいろんなバリエーションがありますが、死に向かう二人の境遇にはあまり感情移入できない天網島が名作として残るのは、義理と人情がポイントですね。

心中の陰で泣く家族や周りの人たちに焦点を当てたところが、この演目のきわだつところですね。

曾根崎心中の手本といわれた「曾根崎心中(そねざきしんじゅう)」のように、悪者に騙されてのっぴきならなくなったわけでもなく、「冥途の飛脚」のように公金横領したわけでもなく。

死ぬこともなかったんじゃないかという二人。

小春は理屈の通じる女だし、治兵衛の周囲の人たちは温かい。それでも二人の間では「添えないなら死ぬ」なんですかー。

それで、治兵衛は妙に意識が高い。

二人一緒に死んでは申し訳ないと別々の場所で死ぬことを思いつき、小春を殺し、未練を残さず自分も死ぬわけです。

が、ゆうても同じ境内ですよ。

あのー治兵衛さん、それを見て、おさんが喜ぶとでも思うのでしょうか?

おさんの希望は生きてほしいこと。死んでしまえば一緒だろうが数歩はなれていようと一緒ですわ。

なんて自分勝手なお花畑にお住まいなのか。これを喜ぶ観客も男はんのファンタジーやなぁ、と思います。