【文楽】 菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ):かんたんあらすじと解説:見どころ

『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』は、浄瑠璃三大名作のひとつ。

学問の神様ともいわれる菅原道真(すがわらみちざね)つまり菅丞相(かんしょうじょう)の九州大宰府への左遷(させん)に題材にとった大作です。

二段目「道明寺(どうみょうじ)」三段目「佐太村(さたむら)」四段目の後半「寺子屋(てらこや)」の3つのクライマックスがあり、それぞれ親子の別れが描かれます。

特に「寺子屋」は歌舞伎や文楽の鑑賞教室でもよく上演されています。
※2020年2月の東京公演は、三段目の上演です。




ザックリ言うと

かつて菅丞相の家来だった四郎九郎(しろくろう)のちの白太夫(しらたゆう)の三つ子、松王丸・桜丸・梅王丸。

梅王丸は菅丞相(かんしょうじょう)、桜丸は斎世親王(ときよしんのう)、松王丸は藤原時平(ふじわらのしへい)の牛飼い舎人(うしかいとねり)となりました。

そのため松王丸は桜丸・梅王丸とは敵対関係にあります。

桜丸は、斎世親王と菅丞相の養女・苅屋姫 (かりやひめ)との密会を手引きしたのが菅丞相失脚のきっかけとなり、自害。

梅王丸は、菅丞相に従い九州へ。

松王丸は、菅丞相(かんしょうじょう)の息子・菅秀才(かんしゅうさい)がいる寺子屋に息子を入門させ、身代わりとして犠牲にします。



成り立ち

三人の作者がそれぞれ親子の別れを描いており、大阪・天満の三つ子誕生のニュースや寺子屋ブームなど、当時の流行りをうまく取り入れています。

菅原道真が詠んだとされる和歌「梅は飛び 桜は枯るる 世の中に 何とて松の つれなかるらん」にちなんだ名をもつ三つ子(梅王丸、桜丸、松王丸)の争いと、菅丞相へのそれぞれの忠義を描いています。

ある意味、菅丞相に巻き込まれた家族の話ともいえます。



菅原伝授手習鑑』あらすじ:ネタバレ

初段 プロローグ

大内の段(おおうちのだん)
賀茂堤の段(かもつつみのだん)
筆法伝授の段(ひっぽうでんじゅのだん)
築地の段(ついじのだん)

菅丞相(かんしょうじょう)の養女・苅屋姫 (かりやひめ)と帝の弟宮・斎世親王(ときよしんのう)は実は恋仲。桜丸は妻の八重と一緒に、二人を牛車の中で会う手引きします。

しかし周囲にばれ、桜丸が親王を守ろうと争ううちに親王と姫はまさかの駆け落ち。

これがもとで、菅丞相は政敵・藤原時平(ふじわらのしへい)にはめられ、九州大宰府(きゅうしゅうだざいふ)に流罪となります。

書の達人でもある菅丞相は、流罪の前に元・弟子の源蔵に筆法を伝授します。源蔵は同じ館に仕えていた腰元の戸浪(となみ)と職場恋愛の結果、丞相から勘当されていました。

今は寺子屋の師匠の源蔵は、菅丞相(かんしょうじょう)の息子・菅秀才(かんしゅうさい)を、自分たちの子どもとして家にかくまうことにします。



二段目 道明寺 菅丞相と苅屋姫 の別れと仏像がおこすミラクル

道行詞甘替(みちゆきことばのあまいかいのだん)
安井汐待の段(やすいしおまちのだん)
杖折檻の段(つえのせっかんのだん)
東天紅の段(とうてんこうのだん)
丞相名残の段(しょうじょうなごりのだん)

菅丞相が筑紫(九州)に送られる途中、養女・苅屋姫との親子の別れと奇瑞(きずい)が描かれます。

苅屋姫と斎世親王は詫びたいと菅丞相に会いに来ますが、菅丞相は罪人の自分に会ってはいけないと拒否します。

護送の役人判官代輝国(はんがんだいてるくに)が気を利かせて、菅丞相は河内国道明寺の伯母覚寿(かくじゅ)ところに一泊することになります。覚寿は苅屋姫の実母です。

苅屋姫は覚寿が、親王は父・宇多(うだ)法皇が預かることとなります。

苅屋姫の姉・立田前(たつたのまえ)の夫と義父は藤原時平の一味になっており、口封じのために殺されてしまいました。

一方、菅丞相は自作の木像が身代わりになって殺害を免れたり、さまざまな奇瑞がおこります。苅屋姫に会いたい気持ちを押さえつつ九州へ旅立っていきます。



三段目 佐太村(さたむら)三つ子の父・白太夫の古希祝と桜丸切腹

車曳の段(くるまびきのだん)
茶筅酒の段(ちゃせんざけのだん)
喧嘩の段(けんかのだん)
桜丸切腹の段(さくらまるせっぷくのだん)

藤原時平の乗った牛車に桜丸と梅王丸が襲いかかり、松王丸と争いになります。

数日後、三つ子の父・四郎九郎(しろくろう)は七十才の誕生日に白太夫(しらたゆう)と名を変え、上機嫌です。訪ねてきた村人に祝い酒をせがまれ、酒ならすでに近所に配った餅の上に茶筅で振りかけてあると軽口を叩いてけむにまきます。

三つ子の妻たちが一足先にやってきて、仲良く祝いのしたくを始めます。梅王丸と松王丸は白太夫の留守にけんかをして、庭先に植えてある松・梅・桜のうち、桜の木を折ってしまいます。

松王丸は白太夫に勘当を願い出て受け入れられます。松王丸と千代(ちよ)の夫婦が白太夫に追い出されるように帰ると、白太夫は梅王丸と春(はる)夫婦にも出て行けと言い、家には八重(やえ)が残ります。

あとから刀を手に現れた桜丸は、丞相流罪の原因になった責任をとって、八重と白太夫の前で切腹します。




四段目

天拝山の段(てんぱいざんのだん)
北嵯峨の段(きたさがのだん)
寺入りの段(てらいりのだん)
寺子屋の段(てらこやのだん)

有名な「寺入りの段(てらいりのだん)」「寺子屋の段(てらこやのだん)」は、『菅原伝授手習鑑』四段目の切場(きりば)、つまりクライマックスシーンです。

その前の天拝山の段では、藤原時平(ふじわらのしへい)のさらなる悪だくみを知った菅丞相(かんしょうじょう)が竜神に変身し、天拝山から京都へ飛んでいきます。

一方、北嵯峨に隠れ住んでいた菅丞相の御台所(みだいどころ)は、時平一味に襲撃されますが、応戦しているうちになぞの山伏に連れ去られます。




ところ変わって寺子屋の場面となります。
武部源蔵(たけべげんぞう)と戸浪(となみ)夫婦が営む寺子屋。菅丞相の息子、菅秀才(しゅうさい)をかくまっています。源蔵と戸浪はかつて職場恋愛理由に菅丞相に勘当されていますが、

源蔵が役人に呼ばれた留守に上品な母子が寺子屋にやってきます。母は子ども小太郎を寺小屋に入門させると隣村に用事があると出かけていきます。

菅秀才の首を討って渡すよう命じられた源蔵は、育ちのよさそうな新入りの小太郎を見て、菅秀才の身代りすることを決意します。

敵方の松王丸が首実験にやってきて、菅秀才の首であると認めます。源蔵は驚きますが、実は小太郎は松王丸の実子で、同じ年頃の菅秀才の身代わりにするために寺子屋に送り込んだことが明かされます。

御台所を誘拐した山伏も実は松王丸で、御台所と菅秀才は再会。松王丸と妻の千代(ちよ)は小太郎を弔うために去っていきます。




菅原伝授手習鑑』見どころ:歌舞伎との違いなど

文楽で大当たりしてすぐに歌舞伎でも上演されるようになりました。

三段目の「車曳の段(くるまびきのだん)」は、歌舞伎では「曳」ではなく「引」の字が使われて「車引(くるまびき)」として独立した人気演目になっています。荒事(あらごと)の様式です。文楽では「車曳の段(くるまびきのだん)」を上演することはあまりありません。人形ならではの独特の型や動きがあります。

続く「茶筅酒の段」は、歌舞伎では省略されることが多いのですが、白太夫や三つ子の妻たちの仲の良いようすや、かいがいしく働く人形の動きなどが楽しい場面です。「喧嘩の段」になると事態は急に緊迫していきます。

四段目の「寺子屋」は、歌舞伎では「寺入りの段」を省略して「寺子屋」として上演することが多い人気演目です。子どもたちもキャラがたっていて小芝居も多く、中でも体の大きな「よだれくり」は笑いをとります。首実験から先は涙なくしては観られません。「せまじきものは宮仕へ」の名セリフで有名です。




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