【感想】本物の芸に酔う「近松二題〜鶴澤清治の芸」2019年11月28日LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)

『本物の芸に酔う「近松二題〜鶴澤清治の芸」』https://chikamatsu2019.com/を鑑賞しました。

すっかり変わってしまった渋谷の街並みを眺めながら氷雨降る中、公園通りを抜けて渋谷公会堂まで。
新しくなった渋谷公会堂は初めて。ロビーを見渡すと、文楽ファンだけでなく、三味線や日本舞踊の方々も多いようで、お着物の方々も華やか。この足元の悪いなか、よくお着物でと思うけど、着物巧者が多くてあちこち目が離せない。

渋谷公会堂、会場入り口手前のロビーにもトイレがあって、授乳室兼更衣室もあってなかなか。

結論からいうと、「清治さん神」「本公演のほうがやっぱりよかったなあ」になってしまいますが、振り返り。


『日本振袖始 大蛇退治の段』近松門左衛門 作

出演
竹本織太夫
竹本小住太夫
豊竹希太夫
鶴澤清治
鶴澤清介
鶴澤藤蔵囃子
笛:藤舎貴生
鼓:藤舎呂英


幕が上がると「おお!」という驚きが会場に。
金銀で古木を描いた大きな黒屏風を背景に、壇上に太夫と三味線、前方に邦楽の囃子方の笛と鼓。

パンフレットによると、屏風は『摺箔金銀波濤図 屏風』二曲一双 斎藤貞一郎(ぎをん斎藤),令和元年(2019) とのこと。

スタイリッシュな舞台である。

まず、一笛。

(と、拍手が起きて興ざめ。やめてー)

舞台は壮観。

謡曲で始まる舞台はひきしまっていいなと思う。織太夫さんが伸びやかに謳いあげる。
呂勢太夫だったらもっとためるかなとかちょっとよぎるけど、だんだん織太夫さんに引き込まれていく。織太夫さん、表情タップリ、気持ちよさそう。

清治さんの隣に織太夫さんが座ると、とたんにファミリー感が強まるなどとも思う。

日本振袖始は、素人目にも難曲だと思うけど、主役の清治さんは涼しい顔してバリバリと弾き進んでいく。まるで三味線の音色がこの方の身体から自然に生まれ出るような必然性を感じる。

ツレの清介さん、藤蔵さん、熱演。藤蔵さんはもともと熱演タイプだけど、床上ではポーカーフェイスの清介さんからも清治さんに必死に食いついていく様子が伝わってくる。

途中で、バチをくるりと下から上に逆さに動かして弾くところがあって、一瞬、虚を突かれる。聞きなれない音に心が泡立つ。





正直なところ、これほど三味線が多彩な音色がある楽器だとは考えたことがなかったように思う。弦楽器であると同時に打楽器でもあり、効果音にもなる。

たおやなかな姫が現れ、酒を飲み干し、酔っ払い、浮かれ、やがておどろおどろしい大蛇になり……という様子が、三味線からも手に取るように伝わってくるのは、素浄瑠璃ならではと改めて思う。

本当は人形浄瑠璃でも同じなのだろうけど、人形が動くとついビジュアルから理解しているような気になってしまうんだな。

途中で、太棹から細棹三味線に持ち替えて演奏。三味線の性格の違いがくっきり表れていて興味深かった。

素浄瑠璃に邦楽囃子方の笛と鼓が入っての演奏を聴くのは初めて。お二人とも所作が美しいし気合も入っている。邦楽の紋服というのは美しいものだなと改めて。
上質なコーヒー(素浄瑠璃)に、高級生クリーム(邦楽)が溶け込むような、まろやかで奥深い味わい。

杉本文楽『女殺油地獄』

原作:近松門左衛門「女殺油地獄 下之巻」より
構成・演出・美術:杉本博司
作曲・演出:鶴澤清治
振付:山村友五郎

杉本文楽『女殺油地獄』口上

豊竹呂勢太夫(休演) → 竹本織太夫
近松門左衛門(人形役割):吉田玉佳

休憩のあとは、まず口上。
口上というよりはMCですね。
文楽や浄瑠璃になじみのない観客のために、近松門左衛門の人形が出てきて自己紹介。

ロマンチックな心中物で大ヒットを飛ばした近松がなぜ「女殺油地獄」のような凄惨な物語を生み出したかったのか、というような話を本人が語ったり、作品の解釈が説明されたりする趣向。

このあたり三谷文楽の影響なんだろうか。織太夫さんはこういうのうまいし、それなりに面白いけど「清治の芸」という世界観からすると蛇足に思える。

一瞬だけ、近松が人形浄瑠璃に言及しているときに出てきた小さい女形がかわいかった。

杉本文楽『女殺油地獄』序曲

鶴澤清治
鶴澤清志郎
鶴澤清馗

MCで「殺しのテーマ」と紹介された序曲。鶴澤清治作曲。
パンフレットによると、杉本博司氏がジミー・ヘンドリックスのイメージでやってくれと清治さんに頼んだらしい。
たしかにジミヘン。超絶技巧でぐいぐいと前に出てくる。耳について離れない一曲だった。

三味線三挺。

背後の屏風はパンフレットによると『松図屏風』六曲一双 進藤尚郁、享保20年( 1739 )。

それほど古い品には見えなかったので、あとでパンフレットを見て驚く。以前の公演でも使われていたものだそうで、絵師は1663年生まれだそうなので年を重ねてからの作品。

屏風と三味線の組み合わせ。ビジュアル的も映える。





杉本文楽『女殺油地獄』下之巻・豊島屋

前:竹本千歳太夫
鶴澤藤蔵
奥 与兵衛:豊竹呂勢太夫(休演) →竹本津駒太夫
鶴澤清治
鶴澤清馗
お吉:豊竹靖太夫
鶴澤清志郎
河内屋与兵衛(人形役割):吉田玉助
女房お吉(人形役割):吉田一輔

囃子
望月太明藏社中


豊島の段。前を素浄瑠璃、奥を人形浄瑠璃で。

屏風は『松林図屏風』六曲一隻 杉本博司、平成29年(2017年)。

杉本文楽を鑑賞するのは三軒茶屋でやった「曽根崎心中」について2回目。
文楽の要素を取り出して再構成してという手法は、蒸留水のような印象を持ってしまう。

文楽を観たことがない友人は、「わかりやすかった」と言っていたけれど、研ぎ澄まされたとみるべきか、猥雑なものが取り除かれてしまったとみるか。

渋谷公会堂は大きいので、マイクが必要になり上階の席まで機微が伝わったかどうかは不明。

舞台装置らしいものは、奥の油棚と油桶。これは明治村から借用した実物だそうで、重要文化財・東松家住宅 展示資料とのこと。

前の千歳太夫・藤蔵コンビは、実力派安定の熱演。

新しい曲なので清治さんも藤蔵さんもメガネをかけて譜を見ながら弾いているのが、ちょっと残念。事情はよくわかるけれども、気迫がそげるというか前に出てこない気がしてしまう。

人形の方は舞台に手すりがなく、人形遣いが下駄を履かない分、足遣いさんが辛そうだなと思ってちょっと気が散ってしまったかも。

油地獄は油で床がつるつる滑るというのは演出上の売りのひとつと思っているのだけど、杉本文楽の床がない状態でそれを表現するのは、伝わりにくいと思う。
もちろん玉助(大きかった!)さんも、一輔さんもちゃんと床があるような動きで表現してはいるのだけど、宙を舞っているように見えてしまう。

津駒太夫。大阪の本公演に続いて呂勢太夫の代演。
あいまに襲名披露のプレスもあるし、お疲れだろうなぁ。

靖太夫。相変わらず聞き取りやすい声。お吉のいらだちや絶望感がよく伝わってきた。

最後、津駒さんと靖さんが「あぶらのぢごく!」と声をそろえるところは、あの舞台の広さで上手と下手の袖に分かれての発声だとそろえるのは至難だと思った。

「殺しのテーマ」のリプライズ。

切られたお吉。

もうこと切れていると思ったのに、照明がフェードアウトする中で右手だけがゆっくり動いて、この世への未練が、伝わってきた。






カーテンコールあり。長時間正座していた清治さんがわりとすたすたと台からおりていらして驚く。人形遣いさんは「実は私でしたー」みたいな感じで頭巾を脱いでのご挨拶。邦楽の方々や前の出番だった文楽の方々もぞろぞろと。

カーテンコールという習慣がほとんどない出演者たちの初々しい様子は微笑ましかった。けれど、あわただしく幕があげさげされて2回のカーテンコールは、する意味があるのかよくわからなかった。

カーテンコールするなら、挨拶があればよかったのに。
文楽になじみがない客、邦楽になじみがない客、それぞれいたと思うので、せめて演目ごとにグループでお辞儀をするとかすればよかったと思いますよ、主催者さん。





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