【感想】「近江源氏先陣館―盛綱陣屋―」「蝙蝠の安さん」令和元年12月歌舞伎公演

こんにちは。らら子です。

クリスマスにサンタさんからチケットが舞い降りてきて、久しぶりに歌舞伎を観ました。

東京国立劇場Aプログラム『近江源氏先陣館―盛綱陣屋―』と『蝙蝠の安さん』。
https://www.ntj.jac.go.jp/schedule/kokuritsu_l/2019/12150.html

『蝙蝠の安さん』は喜劇王チャールズチャップリンの名作『街の灯』を翻案したもの。話題のワンピースやナウシカのように新しく作ったのかと思ったら、明治から昭和にかけて活躍した歌舞伎狂言作者の木村 錦花(きむら きんか)が昭和6年に書いたものなんですね。

そんなことも知らずにまずは国立劇場へと。いつも隣の小劇場ばかり行ってるので、大劇場の広さに驚いたり(だって、二階席がある)。平日のせいかぽつぽつと空席が目立ちました。

奇しくも観劇日はチャップリンの命日。だからといって特にイベントはありませんでした(笑)





令和元年12月『近江源氏先陣館―盛綱陣屋―』

一本目は伝統的な演目。

近江源氏先陣館(おうみげんじせんじんやかた) 一幕 ―盛綱陣屋― (もりつなじんや)です。松本白鷗(まつもと はくおう)さんが佐々木盛綱を演じるのは平成3年10月以来28年ぶりだそうです。

この投稿をInstagramで見る

国立劇場(東京・半蔵門)(@nationaltheatre_tokyo)がシェアした投稿





松本白鷗さん襲名後に国立劇場初出演・いつまでも若々しい

幕が開くと腰元たちが戦の噂話。松本白鷗(まつもと はくおう)さんは襲名後に国立劇場に初出演なんだとか。いつまで経っても若々しい。

弟・高綱(たかつな)側の使者、和田兵衛(わだびょうえ)の坂東彌十郎(ばんどう やじゅうろう)さんも、花道からさっそうと姿をあらわし、陣屋の階段をすたすたを上がる。よく動けるなあと感心。この方が出ると舞台が締まりますね。

二人の問答を聴きながら、文楽と比較してセリフが聞き取りにくい💦と実感してしまいました。太夫が専門に詞章を語る文楽とは違うのはあたりまえなのですが。武張った雰囲気をだそうと力を籠めるとセリフは聞き取りにくくなる。

もともと私は白鷗のくぐもっった声が好きなのですが、今回はちょっと辛かったかもしれません。盛綱は武将なのに妙に甲高く声を発することが多かったのも違和感がありました。

首実験の腹芸はさすが見事。所作のうつくしさ、パッとみて弟の首ではなかった安堵、甥・小四郎の思いがけない行動をいぶかしく思う心、謎が解けてから腹を括るまでの機微がぐぐっと二階席まで伝わってきました。





近松半二が描く女の世界に見応え

盛綱・高綱兄弟の母・微妙(上村吉弥)、前半の武家の妻らしい品格のある抑えた演技と、後半の孫かわいさにとりみだす人間味の対比が際立っいて、特にすばらしい。

高綱妻篝火(中村魁春)、盛綱妻早瀬(市川高麗蔵)、いい感じの老け女形。相嫁としてお互いの立場と心情がわかり過ぎている二人。この二人の対峙をここに入れたのは、さすが近松半二。

改めて思ったのは、原作のすばらしさ。

合戦場ではなく陣屋での話なので、女性も出てくるし、基本は「誰かを死なせないために誰かが死ぬ」の繰り返しなのだけど、ここに出てくる三人の女性(姑・息子の嫁二人)は、単に家に従っているだけではなくて、立場をわきまえつつ自分の裁量で行動している。

トリッキーで、どうにも釈然としない熊谷陣屋に比べると、兄弟の絆、母性、忠義、盛綱と和田兵衛のお互いへのリスペクトなど、たっぷりと見応えのある作品だと思いました。





令和元年12月歌舞伎公演「盛綱陣屋」小四郎役、松本幸一郎さんに注目

今回なによりも驚いたのは、高綱一子小四郎役の松本幸一郎。

上手い。

らら子はまたも文楽と比較して、歌舞伎の子役独特の一本調子の甲高いセリフだなーと思いながら聞いていたのですが、そのうち幸一郎さんの演技にぐんぐん引き込まれていきました。

中盤は彼がもってっちゃったかも。

松本幸一郎さん。誰かの部屋子かと思いましたが、中村春希さんのブログによると一人前の歌舞伎役者のようです。注目しましょう。


従兄にあたる盛綱一子小三郎役の子も、花道での見得がポンポンと決まって、会場を感心させていました。

それにしてもこんなに小さい子たちが初陣を飾ったり、敵を捕らえたりするとは思えないですよね。そこは演出というかお約束ということで。





令和元年12月『盛綱陣屋』その他の注目株

コミックリリーフ伊吹藤太 役の市川猿弥さん。『蝙蝠の安さん』の上総屋新兵衛役ともども、この公演はオイシイ役どころでした

鎧櫃に潜む榛谷(はんがえ)十郎役の役者さんは、和田兵衛に撃たれて鎧櫃から飛び出し、かなり派手に死んでました。どのタイミングで鎧櫃に潜んでいるのか、いつもついつい考えてしまいます。

北條時政(坂東楽善)。いかにも油断ならない老獪ぶりがよかったです。時政の脇に従う四天王のうち、白塗りで兜姿だったのは澤村宗之助さんだったのか。一言もセリフは発しないけど、風情がカッコよくて、花道を通り過ぎるのをじっと見つめてしまいました。





令和元年12月『蝙蝠の安さん』

『蝙蝠の安さん(こうもりのやすさん)』は、チャップリンの代表作『街の灯』をもとに、劇作家の木村錦花が脚色したもの。昭和6年(1932)年以来88年ぶりに上演だそうです。

この投稿をInstagramで見る

国立劇場(東京・半蔵門)(@nationaltheatre_tokyo)がシェアした投稿





「蝙蝠の安さん」原作:チャップリンの名作「街の灯」の思い出

らら子が子どもの頃は、テレビの映画番組が週に何回もあって、チャップリンの名作も繰り返し放送されました。中でも『街の灯』は両親も好きだったようで、お茶の間で家族そろって見たし、有楽町までロードショーも観に行きました。今のようにチケット予約などないので、劇場の前に長蛇の列。

けっきょく諦めて東京タワーに行ったんだっけかな。蝋人形館、怖かった💦

てなわけで原作の映画『街の灯』はかなり細部まで覚えています。

特にラスト。目が見えるようになって自分の花屋を持つまでになったエドナちゃんが、みすぼらしいチャップリンの手を取ってすべてを悟り「あなたでしたの。」と絶句するシーン。

あの、なんともいたたまれない複雑な表情。歌舞伎だとどう表現するのかと思いながら観ました。





『蝙蝠の安さん』ざっくりあらすじ(ネタバレ)

橋の下で雨風をしのぐだけのねぐらに住む蝙蝠の安さん。日雇い仕事でふらふらと暮らしています。ある時盲目の花売り娘お花ちゃんに一目ぼれ。

聞けば去年大病を患った後目が悪くなったとか。安さんはお金持ちの旦那のふりをして残りの花を全部買い上げ、その後もたびたび花を買い続けます。

一方、妻に先立たれて世をはかなんで身投げしようとしている大店の主人新兵衛を助けたことから意気投合し、新兵衛の家で豪遊しますが酔いが醒めると記憶が消えてしまう困った人。

お花ちゃんの住む長屋を知らされた安さんは母娘と大家の話を立ち聞きし、5両あれば目を治せると知ります。5両の工面のために懸賞金目当てに相撲興行に飛び入りしたりしますが上手くは行かず。

たまたま再会した新兵衛に借金を申し込み、ちょうど5両貰いますが例によって酔いが醒めた新兵衛に泥棒扱いされ逃げ出します。

やっとの思いでお花ちゃんに5両を届け、お縄にかかる(らしい)安さん。しばらく後、お花ちゃんの目は治り、参道でお花屋を営んでいます。そこへ現れるみすぼらしい安さん。

「目が見えるようになったんだね」という安さんに施しをしようとするお花ちゃん。手が触れたときにその手の感触で全てを悟ります。





宙を舞うこうもり男。幸四郎の身体能力の高さに感心。新悟さんのお花はちょっとゴツイけど、安さんが惚れるのもわかる。

江戸の町に大仏が完成していよいよお披露目。と、大仏様の手のひらですやすやと寝入っている男。これが頬に蝙蝠の刺青がある風来坊の男「安さん」。

いきなりの宙づり登場で、大仏様の左手から右手、果ては鼻の孔の中にまで逃げ回る。いつみても幸四郎の身体能力の高さに感心します。

そして、セリフを話していることに驚くらら子。映画は字幕と活弁士風ナレーション入りだったからね。歌舞伎はトーキーなんだわ(違

大仏様の工事現場から追い出された安さん、ふらふらとねぐら近くの橋を歩いていると花売り娘に一目ぼれ。やり取りするうちに娘が盲目であることに気づきます。

「おまえさん、目が悪いんだね」というセリフは、初演当初は違ういい方だったでしょうね。ヒロインのお花ちゃんは坂東新悟さん。きれいだけどゴツいなー(笑)

可憐というよりは、育ちのよい浮ついたところのない娘さん。安さんをすっかりお金持ちの旦那と思い込んでいるのですが、恩人と思いこそすれほのかな恋心すら抱いていない様子。

律儀で固いお花ちゃんに安さんがほれ込むのも無理はない。

お金持ち新兵衛さんに市川猿弥さん。亡き妻を追って身投げしようとするのを安さんに止められるが、勢いあまって両人とも水の中へ。

この辺り、吊りも使ってこれまた幸四郎の身体能力の高さがいかんなく発揮されるのですが、ちょっとチャリ場が長いかなーと思いました。それなりに笑いは起きるんですが。

新兵衛さんの酒を飲むと大胆崩落、シラフの時はきちんとしたギャップが面白かったです。二人が再会して新兵衛の屋敷で飲んだくれる場面もチャリ場。アドリブ満載で「小道具さんに作ってもらったか」とか「どうリアクションすればいいんだ」とか、やりたい放題でした。

(でもちょっと長すぎる)

ならず者が二人出てくる場面が2つありまして、世相を感じさせる担当なんでしょうけど、そこがなんとなく蛇足な様な気がしました。

まずは、長屋の前で年寄りの小商いから商売道具の蚊帳を巻き上げるシーン、ラスト近くでケンカして岡っ引きにお縄をかけられて行くシーン。殺伐とした雰囲気の演出以外に、何かの伏線があったのか、あったとしたら回収しきれていないように思いました。






『蝙蝠の安さん』名言の数々

この芝居、なにより幸四郎が「安さん」を本当に楽し気に生きているのが伝わってきます。

ひたすら愚直で心優しく詰めが甘い。きっとこの先も苦労ばかりでお金はたまっていかないでしょう。でもふわふわ生きていた安さんが一世一代の大勝負に出ました。やる時はやる。

そして舞台上に飛び出す名言も。

らら子がハッと胸を突かれたのは、前半の新兵衛が身投げの思いとどまらせようとするところで、安さんが言うことば。ちょっとうろ覚えですが、

「女房は死にたくないのに死んだんだ。それをお前さんは死のうとしている。女房が一番してほしくないことをしようとしているんだ。」というセリフ。

それを受けて新兵衛も素直に「もっともだ、俺は女房が一番嫌がることをしようとしていたんだ」と思い直すところ。

それから、お花ちゃんが目が見えるようになってうれしくなって、それは自分のおかげであるとちょっと自負を持っ安さん。

お花ちゃんに自分が何かを期待していることに気づき、「何をしようとしているんだ、俺は。」と思い直します。そして、

「いやいや、恩はかけるものじゃなく、恩は着るものだ」

と何も言わずに立ち去ることを決意します。
「恩は着るもの」肝に銘じようと思いました。





『蝙蝠の安さん』ラストシーンはおもしろうてやがてかなしき

そっと立ち去ることを決めたとはいうものの、お花ちゃんのその姿をいつまでも見ていたい。立ち去りがたくそこにとどまる安さんに、お花ちゃんは餞別に小銭を与えようとするその時。

映画でも感動的なあのラストシーン。

映画では二人の表情にそれぞれパンでしたが、歌舞伎はちょっと難しいですね。らら子の席は二階花道上だったので、安さんの表情は見えず。お花ちゃんの表情だけで読み取る必要がありました。

映画のエドナちゃんは、目の前にいるみすぼらしい男が恩人としって、ちょっと落胆したかのように思えたのですが、それは子どもの頃の印象だったからかも。

新悟さんのお花ちゃんは、あのつつましやかで思慮深いお花ちゃんらしく、なんとも複雑な表情を浮かべていました。去っていく安さんを呼び止めるでもなく、その節はとお礼を言うまでもなく、目の前に起きた現実が理解できない、頭と感情の整理がついていない様子が見て取れました。

何も言わずに優しい声をかけて花道を去っていく安さん。かっこよすぎるだろうと思いながら泣きました。