文楽『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』の前半のあらすじです。大化の改新にまつわる長い物語のうち、前半は蘇我入鹿(そがのいるか)の横暴によって引き裂かれる、若い男女の姿が描かれます。
日本版ロミオとジュリエットとも呼ばれる人々の心を打つ人気の演目となっています。
【心ばかりが、抱き合い】
家の不仲によって添われぬ雛鳥と久我之助。二人の間には彼らを隔てるかのように吉野川が流れています。それでも二人は川越しに顔を見合わせ、互いの気持ちを確かめ合うのでした❤️
しかし、そこに二人の親の訪問を知らせる声が……❗️公演情報は▶️https://t.co/NCyX3J5CVU pic.twitter.com/BOoNpFpKj4
— 国立文楽劇場(大阪・日本橋) (@nbt_osaka) April 26, 2023
目次
文楽『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』あらすじ(大序~二段目)
物語の発端にあたる大序「大内(おおうち)の段」は、ほとんど上演されませんが、令和元年(2019年)に98年ぶりの復活上演されました。
天智天皇(てんちてんのう)の時代。帝位を狙う蘇我入鹿(そがのいるか)は勢力を強めていました。帝は病気のため盲目となってしまいました。
帝を守って入鹿と対立する忠臣・藤原鎌足(ふじわらのかまたり)は、権勢をふるう悪臣・蘇我蝦夷子(そがのえみじ)と対立し、濡れ衣を着せられ失脚。
鎌足の娘・采女の局は、帝の寵愛を受けていましたが鎌足に命を狙われます。大判事の一人息子の久我助(こがのすけ)は采女を変装させてかくまいます。
入鹿の父・蝦夷子は妻の出産時に「白い牡鹿の血」を飲ませてたので、入鹿は超人的な力を持っています。
藤原鎌足は、入鹿の弱点を突くために必要な「爪黒の牝鹿(つまぐろのめじか)の血」を手に入れます。
また、三種の神器(さんしゅのじんぎ)のひとつ「十握の宝剣(とつかのほうけん)」が入鹿によって奪われていたため、鎌足の息子の淡海(たんかい)はそれを奪い返す機会を狙います。
入鹿を倒すには「爪黒の牝鹿の血に加えて「嫉妬深い女の血」が必要なことも明らかになります。
嫉妬深い女の血は4段目で登場します。以下も合わせてごらんください。
『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』四段目・五段目あらすじ
鎌足の働きで見つかった神鏡の力で帝の眼病がなおり、鎌足たちは入鹿への反撃を開始します。
『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』三段目(山の段)あらすじ:久我之助と雛鳥は日本のロミオとジュリエット
三段目では全体のタイトル『妹背山婦女庭訓』の名のもとにもなった「三段目・妹山・背山の段」になります。
三段目は、日本のロミオとジュリエットともいわれる、悲恋ものです。
文楽では「山の段」といわれ、歌舞伎では「川場」と呼ばれています。
主な登場人物は、
- 大判事清澄(だいはんじきよずみ)
- 久我之助(こがのすけ)=大判事の一人息子
- 定高(さだか)=大和国・太宰家の未亡人
- 雛鳥(ひなどり)=定高の一人娘
吉野川をはさんで紀伊国(きいのくに)と大和国(やまとのくに)があります。
紀伊国は大判事清澄(だいはんじきよずみ)の領地で、背山には一人息子の久我助(こがのすけ)が住んでいます。
一方の、大和国では太宰小弐(だざいのしょうに)の未亡人・定高(さだか)の領国で、妹山には一人娘雛鳥(ひなどり)が住んでいます。
定高(さだか)は、超がつくほど気丈な女性です。
両家は、代々仲が悪いのですが、子どもたちは春日大社近くの小松原で偶然に出会ってお互いに一目ぼれ♡
ここでイチャイチャするのもほほえましいのです。それ以来、叶わぬ恋であることも知りつつひそかに愛し合っています。
場面変わって、山の段へ。ここの舞台装置は本当にきれいです。
舞台の中央から客席へむかって中央に吉野川が流れ、上手(舞台右側)に久我助の館、下手(舞台左側)に雛鳥の館が設けられています。
スケールが大きい効果的な舞台機構となっています。解説によると近松半二の対位法によるものだそうです。
この段では、物語を語る太夫と三味線が座っている床(ゆか)というサブステージも舞台の上手下手に設置されて、両側から掛け合いで語られます。
吉野は桜の名所。川の両岸から枝をのばして桜が満開です。
『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』三段目(山の段)あらすじ:
敵同士である両家の親たちが館に戻ってきます。
入鹿から久我助の父、大判事清澄(だいはんじきよずみ)へは、「久我助を出仕させよ」と命令が下っています。
また雛鳥の母、定高は「雛鳥を妾(めかけ)に入内(じゅだい)させよ」と命令を受けています。
どちらも承服できるものではありません。
お互いが川を挟んで憎まれ口をたたいたあと、その後、それぞれの家でできごとがありますが、その間、片方の家の障子は閉められています。
お互いの家からも客席からも中の様子は知ることができないという演出です。
大判事は入鹿が久我助を出仕させるのは、久我助が仕えていた采女局(うねめのつぼね)の在所を追求するためと察しています。
久我助も拷問されて白状してしまうぐらいならその前に死んだ方がいいと、切腹を決意します。
父もそれに賛成しますが、雛鳥との仲を気にしています。しかし久我助は、あっという間に腹に刃を突き立ててしまいます。
一方、雛鳥の館ではお雛様が飾られ、ひな祭りの華やいだ雰囲気になっています。美しく成長した娘の姿をまぶしく見る定高。
定高は、雛鳥に入鹿のもとへ入内するように告げます。久我助に操(みさお)を立てる雛鳥は嘆き悲しみます。
定高は雛鳥の髪型も公家の女風に結い直してやります。清い身体のままで死ねるように娘の首をはねます。
『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』三段目(山の段)あらすじ:親同士の気持ちがすれ違う
敵対する家同士ではありますが、せめて相手の家と子どもの命は助けようとしたことでしたが、結局は報われませんでした。
閉ざされた障子があいてみると、雛鳥も久我助も変わり果てた姿になっています。
両家は長年にわたって不和だけど、不和な仲ほど義理深いという日本人特有の精神構造が展開します。
子どもたちの死を通じて親たちは和解し、死に化粧をほどこした雛鳥の首を瀕死の久我助の元へ嫁入りさせます。
嫁入り道具に見立てた川に流し、それをひとつずつ大判事が引き上げて並べていきます。
最後に雛道具とともに、雛鳥の首が花の散る川をわたってゆくところはしんみりと美しく、切なさに涙が止まりません。