京都の三十三間堂の建立に由来するエピソード。柳の精と人間の男が夫婦となって子までなしたという異類婚姻譚(いるいこんいんたん)。悲劇的なファンタジーです。
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目次
【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:どんな話?
若竹笛躬(ふえみ)、中邑阿契(なかむらあけい)合作で、初演は1760年(宝暦10)12月豊竹座(とよたけざ)。
『卅三間堂棟由来(さんじゅうさんげんどうむなぎのゆらい)』は、もともと全5段ある『祇園女御九重錦(ぎおんにょうごここのえにしき)』のうち、三段目「平太郎住家(へいたろうすみか)」「木遣音頭(きやりおんど)」を独立させて改題したものです。(出典コトバンク)
『祇園女御九重錦』は、白河院政時代の平忠盛が祇園女御を賜るストーリーと、熊野参詣と三十三間堂建立の縁起を描いたストーリーからなっています。
ヒロインは柳の精お柳(おりゅう)。命の恩人、横曾根平太郎(よこぞね へいたろう)と結ばれ、みどり丸をもうけます。
しかし、もとの柳が三十三間堂の棟木として切られることになり、お柳は泣く泣く人界を去ります。平太郎が歌う「木遣り」で、5歳のみどり丸が柳を都へ引いていく場面が有名です。
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【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:それまでのお話:前世の梛(なぎ)と柳
昔、紀州(和歌山県)の山中に枝を交わして夫婦となった梛(なぎ)と柳の大木がありました。
その連理の枝が人間同士のまぐわいのようにも見えたので、修験僧の蓮華王坊(れんげおうぼう)は穢れ(けがれ)と思い、二本の枝を切り倒してしまいました。
その後、梛の木は人間の横曽根平太郎(よこぞね へいたろう)に生まれ変わりましたが、柳の木は人間に生まれ変われませんでした。
柳の精は人間の女に姿を変えて、柳の木の下にある茶屋の娘お柳(おりゅう)となり、ふたたび平太郎と夫婦となる日を待ちます。
ある日、平太郎が老母とともに柳の大木のそばを通りかかると、侍たちが木を切り倒そうとしていました。鷹狩りの鷹の縄が引っかかったためです。平太郎はうまく縄を外し、柳の木を救いました。
後日、熊野参詣から帰る途中の白河法皇が襲われたのを、お柳と平太郎は一緒に助けます。やがって二人は結ばれ、みどり丸という男の子も生まれました。
実は、白河法皇は蓮華王坊の生まれ変わりでした。蓮華王坊は梛と柳の木の恨みで非業の死をとげてそのドクロは楊枝村の柳の木に留まっています。
【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:平太郎住家の段(へいたろうすみかのだん):
貧しいながらも平太郎の母も一緒に、幸せに暮らしている平太郎の家に、ある日、都からの使者がやってきます。
法皇を助けた褒美の品とお金を届けにきたのです。主人の留守にと困惑しながらも、平太郎の母とお柳はありがたく受け取ります。
その使者にはもうひとつ用事がありました。白河法皇は持病の頭痛に悩まされていて、その原因となる柳の木を切り倒す様子を見に来たのです。
蓮華王坊のドクロの乗った柳が揺れる度に法皇の頭痛が起きるので、ドクロを納めるお堂、三十三間堂(蓮華王院)を建立することになりました。
しかも、その棟木(むなぎ)にはその柳の木を切り倒して使うといいます。そうすればお柳も死んでしまいます。ほどなく外の柳に斧が入れられる音が聞こえ、家の中にいるお柳も苦しみだします。
お柳は自分が柳の精であることを平太郎に打ち明けようとしますが、平太郎は気晴らしに酒を飲み、お柳にもすすめ、やがて寝入ってしまいます。
もう時間がない。
お柳の泣き声にやっと目を覚ました平太郎に、お柳は自分の秘密を打ち明け、起きてきた平太郎の母とみどり丸とも泣く泣く別れを告げます。
平太郎の父は北面の武士でしたが仲間に討たれて、母子は流浪した経緯があります。
平太郎に、お柳は自分が持っていたドクロを渡します。
「これを都に持っていって出世して欲しい」と話し、お柳は人間から柳の精になって姿を変え、消えてしまいます。
【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:平太郎住家の段(へいたろうすみかのだん):完全版部分
現在の上演ではカットされることが多い場面があります。それは悪者和田四郎のくだり。
前段で平太郎が家に戻り、母がかいがいしく平太郎の足を洗ってやっていると、「畑の主(実は源義親の郎党・和田四郎)」を名乗る男が平太郎が作物を盗んだと怒鳴り込んできます。
貧しさゆえに魔がさしたと平太郎もそれを認めます。母はとっさに先ほどのほうびの金を差し出し、男は金を受け取り帰っていきました。
平太郎はみどり丸を連れて柳の最後を見届けに家を出ますが、鳥目をわずらって目が見えず、みどり丸に手を引かれて家を出ます。
その間に昼間の「畑の主」が盗賊となって再び金品を奪いに戻ってきます。平太郎の母をしばりつけて木につるし、さんざん痛めつけて、ついには殺してしまいます。
そこへ戻って来た平太郎とみどり丸。
盲目の平太郎は戦えず、盗賊はみどり丸に刃を向けます。そのとき、カラス(熊野権現の使い)がバサバサッと羽音と立てて飛んできて、平太郎の目が開きます。
平太郎は盗賊を殺して母の仇をとります。
【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:木遣音頭の段(きやりおんどのだん)
一夜明けて、切り倒された柳は、都へと曳(ひ)かれていきます。
しかし、途中でびくとも動かなくなってしまいました。きっと家族と別れがたく、この地を去りたくないのでしょう。
一同が困っているところに、立派な衣服に改めた平太郎とみどり丸がやってきます。
柳の精も父子の立派な姿を見られて嬉しかったことでしょう。
平太郎は山で切った木を運ぶ時に歌う木遣り音頭を歌います。木遣り音頭に合わせて、言われるがままにみどり丸が扇子をふります。
すると柳を載せた台車がするとするすると動き始めます。みどり丸は、柳の木が母であることを悟ります。
その様子を見て平太郎も涙ぐみます。
この場面は名曲として知られ、健気なみどり丸の姿が胸を打ちます。
原典の『祇園女御九重錦』では、人と人ならざる存在(柳)の間に生まれたみどり丸は、後に平太郎を襲名し、親鸞の弟子になって真仏坊と呼ばれ、人々を浄土へ導く存在になります。
出典:国立文楽劇場(大阪・日本橋)ツイート
【文楽】卅三間堂棟由来あらすじ:見どころ
柳の木と人間が結ばれて子どもをさずかるという異類婚姻譚(いるいこんいんたん)。
悲しくも美しく心温まる物語です。
と、同時に人間の罪深さも感じます。
そもそも柳と梛は山奥でただひっそりと枝を交わしていただけなのに、その連理の枝を、修験僧の蓮華王坊(れんげおうぼう)の浅はかな思いで切り落してしまう。
「ふつう、そんなんするかねぇ?」というのが率直な感想です。
さらにその生まれ変わりが白河法皇となり、祟りのせいか法皇は頭痛もち。頭痛平癒のためにお堂を建立し、そのために柳の木を切り倒す、ってますます恨みを買いそうです。
しかも、一連の騒動の中で平太郎の母も惨殺されてしまう。つくづく蓮華王坊、死してなお迷惑な人。
ところで、梛の木というのは熊野神社や熊野三山系の神社では神木とされているそうです。梛の葉は裏も表も区別なくきれいなので、裏表のない生き方を表しているとか。
柳にまつわる話としては、人間のお柳の着物が緑の無地。息子の名前がみどり丸、と柳の緑を思わせます。
それから、人間から柳の精へとだんだんと姿を変えていくところ。柳の精は柳の葉の柄の白い着物です。
木が切り倒されるときに苦しむお柳の姿が舞台から消え、パッと柳の精の人形が入れ替わりで出てきます。そしてすぐに柳の精も姿を消します。
ここは人形ならではの早変わりですね。
人形ならではといえば、平太郎の母が木に吊るされるシーンもそうですね。しばって木に吊るすなど、生身の人間では装置も大変ですしそもそも危険ですが、人形だとそれほど残虐にも見えず(十分残虐ですが)、人形で良かったと思います。