このお話は、歌舞伎や能楽でも人気の『娘道成寺(むすめどうじょうじ』と同じ、道成寺(和歌山県日高郡日高川町)の安珍清姫伝説(あんちんきよひめ)伝説を題材としています。
この場面は、清姫が道成寺に辿り着く前のお話で、安珍を追って清姫が蛇身になりながら日高川を渡って行く場面です。
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『日高川入相花王』~渡し場の段 これまでのお話
安珍は熊野参詣にきたお坊さん(実は親王)。途中に宿を借りた家には清姫。
清姫は安珍に一目ぼれします。故あって安珍をかばう清姫の父親がついたウソで、清姫は安珍が許嫁と聞かされ恋心が一気に燃え上がります。
実は妻(恋人)がいる安珍、参詣の帰りにまた寄るといってそそくさと旅立ってしまいました。
というのがここまでのお話。
清姫は安珍を追いかけて日高川の渡し場までやって来ます。黒い振袖姿も初々しい可憐な娘です。
清姫はさっそく渡し船に向かって向こう岸に渡してくれるように声をかけますが……。
『日高川入相花王』~渡し場の段 あらすじ
ぐっすり寝入っていたところを起こされた船頭は、不機嫌に船は出さないといいます。
それでも食い下がる清姫を見て、状況を理解する船頭。
すでに船頭は安珍から、清姫が追いかけてきても船を出さないようにと頼まれて、お金までもらっていました。
船頭は清姫の恋心をからかいながら、安珍に決まった相手がいることまで話し、いくら清姫に懇願されても金をもらったからには船は出さないといいます。
許嫁というのもウソだったことを悟り、だまされたと知った清姫はウブな乙女心が傷ついた反動で、嫉妬の炎に燃え上がります。
清姫は怒りのあまりヘビの体に変身し、鬼の形相でわっしわっしと抜き手を切って日高川を渡っていきます。
『日高川入相花王』~渡し場の段:ガブ
『日高川入相花王』の「渡し場の段」の見どころといえば、すぐに思い出すのがガブと蛇身です。
美少女が一瞬にして口が裂けてツノも生えてしまう特殊な首(かしら)をガブといいます。
蛇の身体になって鬼の形相になる時に、ガブという仕掛けでこのように顔が変わります。
この衝撃的な「かしら」は、『新世紀エヴァンゲリオン』や『シン・ゴジラ』などを手掛けた庵野秀明監督や、現代の映像作家のキャラクター造形にも影響を与えているといいます。
【大阪・国立文楽劇場】文楽夏休み公演第1部『日高川入相花王』には、清姫が悋気嫉妬の余り蛇体に変じる様子を表現するかしら・ガブが登場します。この特殊かしらは、庵野秀明監督をはじめ現代の映像作家のキャラクター造形にも影響を与えています。 pic.twitter.com/HbUhHGgDOS
— 国立文楽劇場(大阪・日本橋) (@nbt_osaka) July 6, 2019
ガブについて、もっと見たい方はこちらもどうぞ。
文楽人形のガブとは?ぎゃーーッ!秒で怖い顔に変わる文楽人形の驚きのしかけ『にほんごであそぼ』でもおなじみ!動画アリ
『日高川入相花王』~渡し場の段:蛇身の悲哀
ビジュアル的にわかりやすいスペクタクル『日高川入相花王』は、文楽の鑑賞教室や地方公演などでもよく取り上げられます。
もう一つの見どころは、蛇身になった清姫が日高川の濁流を抜き手をきって泳ぎきって行くすごい迫力です。
清姫の人形は、黒い振り袖姿と銀色のウロコ文様の衣装の蛇体の2体用意されています。
ざんぶと川に飛び込んだあとは、この2体が入れ替わりながら舞台下手から上手まで繰り返し泳いでいきます。背景が何度も変わり、川幅の広さを感じさせます。
舞台には波を表す幕が張られ、その幕の後ろで胴上げのような形で上下させながら移動していくわけですが、これは人形ならではの動きですね。
清姫の人形を遣う人形使いはみなさん汗だくです。
清姫の着物は乱れ、顔は鬼で角まで生えていて、コミカルに見える動きです。
思わず客席から笑い声も上がります。が、コミカルであるだけに、清姫の悔しさや悲しみがひしひしと伝わって来ます。
対岸に泳ぎ着いた清姫はもとの美少女の顔。
ふと、もと来た対岸に目をやりながら再びガブで鬼の形相になるところは、もう人間には戻れないという清姫の哀しさと切なさがあとを引きます。