【文楽】ひらかな盛衰記(ひらがなせいすいき)三段目:松右衛門内の段(まつえもんうちのだん)・逆櫓の段(さかろのだん):かんたんあらすじと解説:見どころ

【解説とみどころ】

題名に「ひらかな」とあるのは、難しい話を分かりやすく伝えるために簡単にしましたよ、という意味で、元は「源平盛衰記(げんぺいせいすいき)」いう話です。木曽義仲(きそよしなか)の滅亡から、一谷合戦(いちのたにのかっせん)を背景としています。

浄瑠璃によくありがちな、偶然の身代わりと主君の若君のために忠臣の子が犠牲になるという忠義のための執念のお話です。

逆櫓とは船を後ろへも自由に漕ぎ進められるように、船の前部に取り付けた櫓のことで、前後に船頭を配置することで、前後左右に自由自在に船を操れる戦闘向きの操縦方法です。

逆櫓の稽古の場面は、「遠見(とおみ)」といって、遠くであることを遠近法で表現するために小さな舟と小さい人物を使います。歌舞伎では子役をつかいますが、文楽では小さい人形を使います。舟をこぐときのヤーシッシ、ヤーシッシという威勢のよい掛け声が印象的です。

ここでは、三段目の、義仲館の段/大津宿屋の段/笹引の段/の概要と、松右衛門内の段/逆櫓の段を解説します。



義仲館の段/大津宿屋の段/笹引の段/

源義経(みなもとのよしつね)に攻め込まれた木曽義仲(きそよしなか)は巴御前と共に出陣します。正妻の山吹御前(やまぶきごぜん)と若君の駒若丸(こまわかまる)は、家来の鎌田隼人(かまた はやと)とその娘で腰元のお筆(おふで)に守られて逃避行します。

途中で大津の宿に泊まります。隣の部屋には、大坂福島の船頭の権四郎(ごんしろう)、娘・未亡人およし、孫の槌松(つちまつ)らの一行が巡礼帰りにに居合わせます。

駒若丸と槌松は同じ年頃。子ども同士を遊ばせているうちに、落人狩りの番頭忠太がおそってきて、山吹御前は切られ、鎌田隼人も討死。双方なんとか逃げ落ちますが、気づけば権四郎が連れていたのは槌松ではなくもう一人の子ども!実は槌松は駒若丸と間違えられて首を切られていました。

お筆は息絶えた山吹御前の遺体を笹の枝に乗せ、枝を引きずって運びます。ここは笹引きという詩情のある名場面です。すべての後始末をした後、お筆は槌松が巡礼用に着ていた笈摺(おいづり)を手掛かりに、取り違えられた若君・駒若丸を探し始めます。



松右衛門内の段(まつえもんないのだん)

権四郎の家では、娘およしが再婚して婿を迎えていました。婿は前夫と同じ「松右衛門」と名名のっています。松右衛門は鎌倉方の梶原景時(かじわら かげとき)に「逆櫓(さかろ)」という特殊な操縦法を説明して帰ってきたところだと話します。

一家は連れ帰った子(駒若丸)を槌松と呼んで大事に育て、その子もすっかりなついています。そこへ、笈摺(おいずり)を頼りにお筆が迎えにきます。大喜びの船頭一家。ところがお筆は槌松は死んだといい、駒若丸を戻してくれるように申し入れてきます。

船頭一家は驚き、悲しみ、そして怒ります。権四郎は駒若丸の首を渡してやると怒り狂いますが、なぜか新しい婿の松右衛門がそれを止めます。実は松右衛門は義仲の家臣・樋口次郎兼光(ひぐちのじろうかねみつ)でした。実は、兼光は逆櫓(さかろ)の技術を伝える権四郎の家に婿入りして、逆櫓の技術を習得して鎌倉方に近づき、義経を討とうと企んでいたのでした。

気のいい婿の松右衛門が、義仲の家臣・樋口次郎兼光として若君を抱いて武将らしくばばーーんと登場します。その変身ぶりが見どころです。船頭一家またまたビックリ。

樋口は今までのいきさつを話し権四郎を説得します。そして槌松は侍である樋口の子になったのだからと納得します。



逆櫓の段(さかろのだん)

夕方近くなり、船頭仲間、又六(またろく)富蔵(とみぞう)九郎作(くろさく)が逆櫓の稽古に集まってきます。しかしそれは樋口を召しとるための罠。船頭たちが襲いかかります。樋口が松の大木にのぼって見ると、大軍が迫っていました。

権四郎が訴人したと知り、裏切られたと烈火のごとく怒る樋口。そこへ鎌倉方の武将・畠山重忠(はたけやま しげただ)が現れて、樋口をやさしく諭します。

権四郎が槌松は娘と亡くなった前の夫との間の子であり、樋口とは他人だと主張したので若君の命は助かることになったという話を聞きます。樋口は喜び、いさぎよく捕縛されるのでした。