【感想】文楽2019年9月1部『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』東京・国立劇場

東京・国立劇場小劇場で文楽2019年9月1部『心中天網島(しんじゅうてんのあみじま)』を鑑賞しました。

近松が書いた12作の心中物のうち、本人だけでなく周囲の巻き込まれた家族の苦悩を描いた近松の最高傑作と言われる。ダメ男としても最高峰。
妻子のある治兵衛が、年端も行かぬ遊女・小春(数えで19歳)とのっぴきならない仲になって心中の約束をする。治兵衛は28歳。
ワタクシ、『天満紙屋内の段』いわゆる「コタツ」は見たことがありましたが、それ以外は初見でした。

感想 『北新地河庄の段』

竹本三輪太夫さん・鶴澤清志郎さん。
ふっくらした声と爽やかな三味線の音色が気持ちいい。

治兵衛の妻おさんからの嘆願の手紙を受け取りすっかりふさぎ込んでいる小春(吉田和生)。河庄で侍客を待っているところに、小春を身請けしたがっている太兵衛がやってきて、恋敵である治兵衛が金がないのをあざ笑う。

流行りの歌を利かせようと口三味線登場。
三味線に見立てたほうきをかき鳴らす太兵衛(吉田文司さん)と煙草盆を手に調子っぱずれに歌う善六(吉田清五郎)。

とぼけた表情で、ペンペレペンペレペンペレペンと、口三味線を熱演する三輪さん、その大真面目な顔できちんと座っている清志郎さん。シュールな図でした。

約束の侍客(吉田玉男さん)が登場。治兵衛の兄・孫右衛門の変装ということだけど、本物のお侍さんに見えてしまう。出遣いで玉男さんが遣っているとわかるせいか、太兵衛たちを懲らしめる腕があざやかなせいか。よく見ると刀の使い方に町人らしさが出てしまったりしているそうなんですが、ま、ここは観客もすっかり武士と思いこむということで。




感想 『北新地河庄の段』奥

豊竹呂勢太夫さん 鶴澤清治さん

しみじみとはじまるやわらかな三味線に聞き入る。この段の三味線は引いた感じというかちょっと次元の違う深みがある感じ。対して呂勢太夫は1時間の長丁場を語る語る。人物の書き分けも感情の起伏も研究が行き届いている印象で聞きごたえあり。大げさじゃないのがいい。

すっかり心中する気で「とぼとぼうかうか」やってくる治兵衛(桐竹勘十郎

小春はまだ死にたくない、心中したくないといい、孫右衛門も心中を思いとどまらせようとする、というのを窓の外から覗き込んで憤る治兵衛、脇差を投げ込んだり、子どもじみた怒り方が自分勝手でヒステリックで、小春ちゃんなぜこんな男に惚れたのかと思う。まだ若いしね。

兄にたしなめられ、二人で取り交わした起請文を戻すという。およそ3年もの間、毎月々々交わした起請文、その数なんと29枚!家族は気が気じゃないですよね。

玉男さんの孫右衛門、腕っぷしも強いし、人格者で、本当に頼りになる。
和生さんの小春も、遊女ながら、思慮深く品格がある風情が出ている。
勘十郎さんの治兵衛、ダメ男ぶりがすばらしい。すねてプイっと外を向き、足を踏み鳴らしたり、腹の虫がおさまらないと駆け戻って小春に手を上げたり、どうしようもない男。小春ちゃんその男はやめておけ。

舞台上に、治兵衛(勘十郎)・孫右衛門(玉男)・小春(和生)同年代の人形遣いそろい踏み。床にはひと回り若い呂勢太夫さん・大ベテラン清治さん。

尊いものをみた気がしました。




感想 天満屋紙屋内の段 口

竹本津國太夫さん・竹澤團吾さん

出た、コタツ。ふて寝する治兵衛。かいがいしく働く妻おさん(吉田勘彌さん)。そこへ兄・孫右衛門とおさんの母登場。いかにも商売に精を出していたようにどたばたと取り繕う夫婦。いとこ同士の結婚なので、おば甥の関係でもあり、遠慮なしに話が進む。

治兵衛が小春を身請けするなら離縁だと踏み込んできた二人の話で、逆に太兵衛が小春を身請けすることがわかり、小春とはすっぱりと縁を切ったと宣言し、誓紙も書く治兵衛。せいせいしたといわんばかりのふっきれた表情に不安が増す。

津國さんの語り、勢いがあるというのか制御不能な印象。團吾さんは軽快に合いの手を入れていく感じでこれはこれでいいバランスなのかな。「河庄」が緻密だっただけに、ちょっと拍子抜け。




感想 天満屋紙屋内の段  奥

豊竹呂太夫さん・竹澤團七さん

炬燵でめそめそしている治兵衛。まだ小春に未練があるのかと恨み言をもらすおさんに、涙の訳を話す治兵衛。小春は太兵衛に身請けされる、それが悔しい、薄情な女だと相変わらず自己中心的。

おさんは小春が死を選ぶだろうと直感し、小春の命を救うため、治兵衛の男のメンツを立てるため、なんとしてもこちらで身請けしなければと、慌てだす。今までやりくりして貯めたお金を出し、お嫁入りの着物、幼子の晴れ着まで質入れしてなんとか金を用立てようとするおさん。

小春がうちにきたらおさんはどうするんだと治兵衛がとぼけたことを聞いて、はたと自分でも考えこみ、飯炊き女か乳母にでも……とこたえるおさんのいじらしさに泣ける。

着物尽くしの詞章が美しい。美しいけど、呂太夫さんの語りだとあんまり切迫した感じがしない……。ぽわわーんとどこか他人事のように話が進み、おさんの父親がおさんを連れ戻しにきて、夫婦の計略はご破算に。




感想 天満屋紙屋内の段  切

豊竹咲太夫さん・鶴澤燕三さん

咲太夫さんのしみじみとした語り。やはり切り場語りの貫禄。燕三さんも気迫のこもった、でもしっとりした三味線。夜更けの雰囲気。

治兵衛と小春。周到に抜け出す打ち合わせをしたらしく、まんまと周囲は出し抜かれるの巻。

といっては身も蓋もないけれど、夜更けに丁稚に治兵衛の幼子を背負わせて、恥をしのんで大和屋を尋ねる孫右衛門が切ない。

おさんが実家に戻されたあとは、このお兄ちゃんしか治兵衛のために動ける人間はいない。なんとしても死なせたくない肉親の情をもってもスットコドッコイな治兵衛を止めることはできない。

物陰から孫右衛門を拝む治兵衛。どうしても戻れないのか。

治兵衛の行き先がわからず思わず「阿呆!」と孫右衛門が口にした呼び名を自分のことと思ってトンチンカンなことを言い出す丁稚も切ないなー。

頃合いを見計らって大和屋を抜け出す小春。木戸の隙間から手だけが覗いてバタバタするのが、一刻も早く治兵衛に会いたい小春の気持ちが伝わってくる。転がり出て二人去っていく。

以前拝見したときは、盆が回る前にお座布団を白湯くみの咲寿太夫さんにずらしてもらってたけど、今回は自分て動いてらした。元気になられたようでよかった。





感想 道行名残りの橋づくし

小春・豊竹芳穂太夫さん。治兵衛・豊竹希太夫さん、ほか、竹本小住太夫さん、豊竹亘太夫さん、竹本碩太夫さん。三味線が竹澤宗助さん、鶴澤清丈’さん、鶴澤寛太郎さん、野澤錦吾さん、鶴澤清允さん。

豊竹芳穂太夫さん、ちょっとふっくらされたかな。艶っぽくて深くよく伸びる声で、お?と思いました。希太夫さんもきっちり語っていらっしゃいました。三味線もよく揃って迫力がありました。

近しい人たちの願いもむなしく、二人はそれが使命かDNAに組み込まれたかのように、心中の場へと向かいます。

この場面はとにかく美しい。「橋づくし」の名の通り、次々と橋が出てきます。いくつもの橋を越えるたびに、背景が変わっていく大掛かりなセット。背景を描いた板(?)がばたんばたん折り返されるたびに、舞台全体の背景が変わっていきます。

雪道を寒さに震えながら行くでもなく、死を前に長々とやり取りがあるわけでもなく、心中の段取りはよく進んでいきます。

さすがに小春に刃を向けたときには治兵衛もためらいがあるものの、セオリー通り小春の急所を貫き、同じ場所で死んではおさんに申し訳が立たないと、自分は少し離れた水門で首を吊ります。

薄暗い舞台で動かなくなった治兵衛の白い身体があわれでした。死ぬ勇気があるなら、もっと他にしようがあったろうに、なんでこうなったのかなぁ、ダメ男と。




あらすじと配役

【文楽】心中天網島(しんじゅう てんの あみじま):かんたんあらすじと解説:見どころ

【文楽】2019年11月公演【大阪】1部(心中天網島)配役・出演者・日程:令和元年11月文楽(人形浄瑠璃)国立文楽劇場







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