吉田和生(よしだ かずお)さん:人間国宝のWiki的プロフ:2019年春の叙勲も!

こんにちは! らら子です。

今回は、文楽人形遣いの吉田和生(よしだかずお)さんをご紹介します!

和生さんは人間国宝。そして2019年春の叙勲で旭日小綬章(きょくじつしょうじゅしょう)という勲章をもらいました!






吉田和生さんのプロフィール、年齢や出身、芸歴は?

誕生日 昭和22(1947)年7月28日
出身地 愛媛県
本名 荻野恒利

[芸 歴]

  • 昭和42(1967)年 7月 吉田文雀(よしだ ぶんじゃく)に入門、文楽協会人形部研究生となる
    • 吉田和生と名のる
  • 昭和43(1968)年 4月 大阪毎日ホールにおいて初舞台
  • 平成29(2017)年10月 重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定される

[受賞歴]

  • 昭和56(1981)年 8月 昭和55年度因協会奨励賞
  • 昭和62(1986)年 7月 昭和61年度因協会奨励賞
  • 平成 3(年 1月 平成2年度文楽協会賞
  • 平成 4年 1月 第11回(平成3年)国立劇場文楽賞文楽奨励賞
  • 平成12(2000)年 7月 平成11年度因協会賞
  • 平成16(2004)年 1月 平成15年度大阪文化祭賞
  • 平成18(2006)年 3月 第25回(平成17年度)国立劇場文楽賞文楽優秀賞
  • 平成26(2014)年 3月 第64回(平成25年度)芸術選奨文部科学大臣賞
  • 平成26(2014)年 6月 愛顔(えがお)のえひめ文化・スポーツ賞
  • 平成27(2015)年 3月 第34回(平成26年度)国立劇場文楽賞文楽大賞
  • 平成29(2017)年11月 平成29年度 兵庫県文化賞(伝統芸能)
  • 平成29(2017)年11月 第30回関西・こころの賞(特別賞)
  • 平成30(2018)年11月 第53回大阪市市民表彰
  • 令和 1(2019)年 5月 旭日小綬章 文化財保護功労

[その他]

  • 大阪樟蔭女子大学非常勤講師

和生さんは愛媛県の生まれ。20歳の時に吉田文雀さんに入門し、吉田和生となります。師匠の吉田文雀さんは、戦後文楽の発展、復興に尽力した人物で、文楽や伝統芸能への知識の豊富さで博士とあだなされた方です。

人形遣いの吉田玉男さんや、桐竹勘十郎さんとほぼ同期だそうです。今をときめく主役級の3人が同期だなんて、なんか胸アツですね。

総なめというった感じで次々と受賞を重ねられています。




吉田和生さん令和初2019年春の叙勲で旭日小綬章受賞

和生さんは、令和初となる春の叙勲で、旭日小綬章(きょくじつしょう)を受賞することになりました。記念すべき令和元年は、他に俳優の市村正親さんやジャズトランぺッターの日野皓正さんも受賞しています。

旭日小綬章っていうのはどのくらいすごいのか調べてみました。

日本の栄典「旭日章」のうち、勲四等に位置づけられる勲章。国や公共に対して功労のある者、とりわけ顕著な功績のある者に贈られる。春秋の年2回、おおよそ数十名程度に授与されている。

文楽という伝統芸能を通して国に貢献したことが認められたんですね。

おめでとうございます!!





吉田和生さんの入門のきっかけは?

吉田和生さんが文楽の道に入ったのは、意外なきっかけです。

普通のお家に生まれて普通の高校生活を送っていた和生さんは、ある時、夜になると発熱を繰り返すようになり、診察を受けると肺に影があるという診断が下り、1年休学。

家でぶらぶらしながら、手当たり次第に本を読み耽る毎日を送るうちに、文楽の人形作りに興味が出てきます。

人形を作る職人さんはどうだろうと思い、文楽人形作りの名人の大江巳之助さんに手紙を書き、京都まで話を聞きに行きます。

その時点では人形作りの道は開けず、いったんは帰宅。その後、大江さんから文楽を見にこないかと声がかかり、大阪まで行き、初めて文楽を鑑賞。

その時に、名人の吉田文雀(よしだぶんじゃく)さんと出会い、その晩は文雀さんの家に泊まってご飯もたべさせてもらったとのこと。

きっと見どころがあると思われたんでしょうね。

「一宿一飯の恩義(いっしゅくいっぱんのおんぎ)」で、その日から楽屋の手伝いを自主的にするようになった和生さん。

一ヶ月近くも家にも連絡せずに楽屋に入り浸り、さすがに文雀さんに親はどうなっているのかと聞かれて、初めて連絡。

家では捜索願を出す直前だったそうです。なんとも呑気な話ですね。

自分の人生キャリアに大学は必要ないと思った和生さんは、人形遣いになる決心をし、20歳の時に正式に文雀さんに入門しました。




吉田和生さんの特技や趣味は?インスタグラムやTwitterは?

吉田和生さんは、手を動かすのが好きでは職人に興味があったぐらいなので、手先が器用なんでしょうね。

一方で、しゃべりが苦手な和生さん。人形遣いになった理由のひとつに、人形ならしゃべらなくていいと思ったからだそうです。

運命の出会いだったのかもしれません。文楽の女神様ほほ笑んじゃいました。

でも、人形遣いになって、大学の講師をつとめたり、人間国宝になったり勲章をもらったりしたら、人前で話さないわけにはいかないですよね笑。

和生さんは、演劇やミュージカルなどたくさん観ているそうです。師匠の文雀さんに芸の引き出しを増やすように言われ、文雀さんとも状況劇場の「紅(あか)テント」の行列に並んだりして、いろんなジャンルのものを一緒に観に行ったそう。

美術の展覧会もよく見に行くそうです。

今は文楽の技芸員が減って、昔の話を知っている人も少なくなっているので、和生さんはお弟子さんたちにあれこれ伝えるべくたくさん話しをしているとか。

和生さんのTwitterやインスタグラムは探してみても見つかりませんでした💦
吉田和生(ai)さんという女優さん?とか、同姓同名さんはたくさんいたんですけどねー。

無口な和生さん。

Twitterやインスタなら楽しい投稿してくれるかも??





中村壱太郎(なかむらかずたろう)さんに「人形振り(にんぎょうぶり)」を指導

2019年の国立劇場 6月歌舞伎鑑賞教室で、『神霊矢口渡(しんれいやぐちのわたし)』が上演されました。今回は、45年ぶりに人形のような動きをする演出「人形振り(にんぎょうぶり)が取り入れられて話題になりました。

人形振りをするのは、人気急上昇中の中村壱太郎(なかむらかずたろう)さん。

生身の人間なのにわざわざ人形の振りをするって大変。もちろん歌舞伎の中での振り付けなので、ふつうは歌舞伎の先輩に習うのがでしょうが、吉田和生さんが、壱太郎さんに人形振りを指導しました。

中村壱太郎さんの祖父は、人間国宝の坂田藤十郎(さかた とうじゅうろう)さんです。
和生さんの師匠・吉田文雀さんと坂田藤十郎さんが親しかったのと、たまたま文楽の公演期間と歌舞伎のお稽古期間が重なったということで、夢のコラボが実現したそうです。





らら子的萌えポイント

吉田和生さん。学者肌っていうか、大学の先生みたいだなーと思って舞台を拝見しています。いぶし銀みたいな感じです。和生さんの遣う、老け女方(ふけおやま=おばさん役)が好きです。ほかにも品のある役がぴったりの方です。
これからもお身体にお気をつけてますますのご活躍をお祈りしております。


参考にさせていただいたサイト:

公益財団法人 文楽協会 https://bunraku.or.jp/index.html

【一聞百見】編集委員・亀岡典子が聞く/吉田和生さん(71)文楽人形遣い/文楽が描く人の情、次代に https://www.sankei.com/premium/news/190426/prm1904260003-n3.html




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