吉田玉男(よしだ たまお)さんのWiki的プロフ:玉女から玉男へ。立役の花形!

こんにちは! らら子です。

今回は、人形遣いの吉田玉男さん(よしだ たまお)さんをご紹介します。

吉田玉男さんは数年前に二代目を襲名されて、大きな話題になりました。初代の玉男さんは最高の名人と言われた方です。

話題の一つが、名前が女から男へ変わったこと!
そう、玉男さんになる前は玉女(たまめ)さんだったのです。なんと洒落の効いたお名前^^

(文楽応援団さんアップありがとうございます)

ではさっそくプロフィールを見ていきます。





二代目・吉田玉男さんのプロフィール、年齢や出身、芸歴は?

誕生日:昭和28(1953)年10月6日
出身地:大阪府
本 名:大西彰

[芸 歴]

  • 昭和43(1968)年 吉田玉男に入門
    • 吉田玉女(よしだ たまめ)と名のる
  • 昭和44(1969)年 4月 朝日座で初舞台
    • 初役は『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』「寺子屋の段(てらこやのだん)」の菅秀才(かんしゅうさい)
  • 平成27 (2015)年4月 大阪・国立文楽劇場において、二代目吉田玉男を襲名披露
    • 「一谷嫰軍記・熊谷陣屋の段(いちのたにふたばぐんき・くまがいじんやのだん)」の熊谷次郎直実(くまがいじろうなおざね)
  • 平成27(2015)年 5月 東京・国立劇場において二代目吉田玉男を襲名披露
    • 「一谷嫰軍記・熊谷陣屋の段」の熊谷次郎直実実(くまがいじろうなおざね)

吉田玉男さんは、文楽の本場、大阪府の生まれです。文楽のおうちの生まれではありませんが、後述する「運命の出会い」によって文楽と出会います。

15歳になる年に、初代・吉田玉男さんに入門。吉田玉女(よしだたまめ)と名のって初舞台です。順調にキャリアを積み、平成27(2015)年に師匠の名跡を襲名。二代目・吉田玉男となりました。





二代目吉田玉男さん入門のきっかけとなった「運命の出会い」とは?勘十郎さんとの関係は?家族は?

文楽の世界は実力主義なので、文楽のおうちの出身でない人もたくさん活躍しています。吉田玉男さんもそのひとり。文楽とは縁のないおうちに育ちました

「運命の出会い」は、中学校2年の時に大阪道頓堀の朝日座での「絵本太功記」が上演されたときのことです。

朝日座は今はありません。当時の日本は好景気でしたが、文楽の出演者は人手不足でした。

「絵本太功記」この作品は登場人物が多くて、人形遣いの人手が足りなかったそうです。それで、人形遣いの吉田玉昇さんという方が、近所に住んでいる中学生何人かにアルバイトしないかと声をかけました。それが大西少年こと玉男さん。うどんで釣られたそうです。

衣裳も足りないので、学生服の黒いズボンに頭巾をかぶっていきなりデビュー(笑)
アルバイトで雑用と人形遣いの足遣いを手伝いをするうちに、自然と文楽に興味を持つようになったそうです。

人間て何がきっかけになるかわかりませんね。そして、その時にもう一つの運命の出会いが、同じく人手不足で駆り出されてきた同年代の桐竹勘十郎さん。

人形遣いの家に生まれた勘十郎さんは、玉男さんと並ぶ人気の花形の人形遣いです。お二人は同じ年で仲良し。お二人はここで出会って意気投合して、ずっとともに芸を磨くことになります。

桐竹勘十郎さんの息子さんは、現在は吉田簑太郎さんとして同じ人形遣いの道を歩んでいますが、玉男さんに文楽の道に進んだ息子さんがいるのかは、調べてみてもわかりませんでした。




吉田玉男さんの前の名前は吉田玉女さん

さて、高校に行かず文楽の道にすすむ決心をした玉男さん。親の反対を押し切って初代・吉田玉男さんに入門します。初代・玉男さんは、二十世紀最高の名人と言われた方です。

ち密な人物研究、端正な舞台姿で、多くのファンを引き付けました。

三世勘十郎さんの父・二世桐竹勘十郎さんとは、対照的な芸風で文楽をひっぱる2トップでもありライバル。お互い「カンちゃん」「たまおくん」と呼び合う仲だったとか。

そんな玉男さんに弟子入りした大西少年の芸名は、「玉男の弟子やから玉女でええやろ」ということで玉女(たまめ)なったという話はあちこちで読みます。

その吉田玉男さんの弟子だから玉女さん。

えーと。

らら子も初めてこの名前を見たときは衝撃でした!
武将の役がよく似合うキリっとした品のある男前の舞台姿。
それなのに「女」が付くお名前とはびっくりでした。

少年時代から「たまめちゃん」と可愛がられていたそうですがさすがに大人になると、他の名前にするという話もあったそうです。

が、師匠と同じく「玉」がついたお名前を大事にしてずっと「玉女」と名のっていたとか。

初代玉男さんが亡くなったのが平成18(2006)年。その後、二代目玉男を襲名されることになり、公演会による特設サイトもオープンしました。その名も「成男会(じょうなんかい)」。

「玉女さんもやっと男になった」と冗談が広まりました。

(ayaさんアップありがとうございます)





吉田玉男さんの受賞歴がすごい

そうそう、玉男さんの受賞歴はこんなにあります!
昭和50(1975)年12月 国立劇場奨励賞を皮切りに、毎年のように20回以上受賞しています。

主なモノだけあげますね。この間に文楽協会賞や因会賞が埋まってる感じです。

[受賞歴]
昭和50(1975)年12月 国立劇場奨励賞
平成 4(1992)年 2月 府民劇場賞(奨励賞)
平成 5(1993)年 1月 関西芸術大賞ゴールデン賞
平成17(2005)年 4月 第24回(平成16年度)国立劇場文楽賞文楽優秀賞
平成20(2008)年 4月 第27回(平成19年度)国立劇場文楽賞文楽優秀賞
平成24(2012)年10月 第32回伝統文化ポーラ賞優秀賞
平成26(2014)年 5月 平成25年度(第70回)日本芸術院賞
平成26(2014)年11月 八尾市文化賞
平成27(2015)年10月 第50回大阪市市民表彰
平成28(2016)年 1月 平成27年「関西元気文化圏賞」
平成28(2016)年 2月 平成27年度大阪文化祭賞





吉田玉男さんの特技や趣味は?インスタグラムやTwitterは?

趣味は、上方浮世絵と民芸陶器の収集ということです。

それから野球が好きで、数年前まで「パペッツ」というチームを作っていたそうです。文楽の大道具さんや、歌舞伎の役者さん、落語家さんなどと開演前に試合をして結構強かったのだとか。

玉男さんのチームで勘十郎さんの師匠である吉田蓑助(よしだ みのすけ)サマのチームと対戦して、先代の玉男師匠をしのぶ試合を大阪ドームでやったりもしたのだとか。

はー、なんつーゼイタクな。見てみたかったですね。

Twitterやインスタグラムでも情報発信をしている若い演者さんが増えていますが、吉田玉男さんはSNSはやってなさそう……。

吉田玉男さんクラスになるとインタビュー記事をいろいろ読む機会はありますけど、ご自身で情報発信されたらどんな風になるのか、想像すると楽しいです。





らら子的萌えポイント

玉男さんといえばいつも銀髪をきれいにオールバックにして端正な男前。イケメンでございます。舞台に登場すると「はーかっこいい!」と、人形よりもついつい玉男さんのお顔を見てしまいます(^^; 

しばらくすると人形しか見えなくなりますけど。トークショーに出られても、穏やかで寡黙ですが、一言ひとことに重みがあります。

たぶん、玉男さんは自分がオトコマエでかっこいいことに気づいてないですよね。

あとは、なんといっても勘十郎さんとの2ショットが萌え萌え。
狭い舞台で、イケメンのお二人が人形をもってくんずほぐれつ…(*’▽’)
眼福なんでございますよ。





参考にさせていただいたサイト:

公益財団法人 文楽協会 https://bunraku.or.jp/index.html
二代目吉田玉男襲名披露特設サイトhttps://www.ntj.jac.go.jp/kokuritsu/h27/4bunraku.html
成男会 http://tamame-tamao.com/index.html
Premistサロン文楽人形遣い 二代目 吉田玉男「永遠の絆」https://www.daiwahouse.co.jp/mansion/premistclub/premist_salon/vol12_p2/





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