吉田簑紫郎(よしだみのしろう)さん のWiki的プロフ:「バックパッカー文楽」や「うめだ文楽」で新しい風を運ぶ若手のリーダー:初写真集刊行!

こんにちは。らら子です。
今回は人形遣い(にんぎょうづかい)の若手のリーダー
吉田簑紫郎(よしだ みのしろう)さんを紹介します。

文楽をアジアに広めたいと、アジア各地で自主公演を行う「バックパッカー文楽」を企画実行する行動派です。
https://twitter.com/l_tike_stage/status/1317264839278960640

テレビや新聞にもよく登場するので、ご存知の方の多いのでは?
どんな方なのでしょうか?
さっそくプロフィールを見ていきます。




吉田簑紫郎さんのwiki的情報、年齢や出身、芸歴、受賞歴は?

こちらが吉田簑紫郎さんのプロフィールです。

吉田簑……でわかる通り吉田簑助さんの門下です。

誕生日:昭和50(1975)年5月2日
出身地:京都府
本名:大槻道弘

[芸 歴]
昭和63(1988)年 7月 三代吉田簑助(よしだみのすけ)に入門
平成 3(1991)年 4月 吉田簑紫郎(よしだみのしろう)と名のり、国立文楽劇場で初舞台
[受賞歴]
平成21(2009)年 4月 第37回(平成20年度)文楽協会賞
平成22(2010)年 4月 第38回(平成21年度)文楽協会賞
平成24(2012)年 4月 第31回(平成23年)国立劇場文楽賞奨励賞
平成29(2017)年 2月 平成28年度咲くやこの花賞
平成29(2017)年 4月 第36回(平成28年度)国立劇場文楽賞文楽奨励賞

簑紫郎さんは中学卒業後の昭和63(1988)年、15歳で吉田簑助さんに入門します。

中学卒業後だと文楽劇場の文楽研修生になるルートもありますが、きっと早くから人形遣いになると決めていたので、直接入門したんですね。

文楽の演者になる方法について興味のある方はこちらもご覧くださいね。

技芸員とは?読みや意味をわかりやすく解説:技芸員になるには?




吉田簑紫郎さんの入門のきっかけ、足遣い21年!

簑紫郎さんが文楽と出会ったのは、小学校三年生の時。
テレビの文楽中継で赤姫(赤いおべべをきたお姫様)の八重垣姫を見ます。

八重垣姫役は、後のお師匠さんになる吉田簑助さんでした。

人形の動くしくみに興味を持った道弘少年は、小学生の頃から文楽劇場に通い、簑助さんにも目をかけてもらって中学1年生からは楽屋に出入りするようになります。

楽屋で道具を運んだり師匠の着物をたたんだりといった手伝いをして、その後15歳で入門。吉田簑紫郎となります。

人形遣いは、「足遣い10年左遣い10年」といわれます。

入門したらまず、足だけを担当する足遣いを10年やり、次に人形の左手部分を扱いながらメインをささえる左遣いを10年やるというのが、人形遣いのキャリアパスということです。

けれど、簑紫郎さんは、ふつうは10年ほどの足遣いを、なんと倍の21年も担当していました。

理由はひとつには後輩が全然入ってこなかったことと、もうひとつは足遣いが上手かったといわれています。




吉田簑紫郎さん:出口がみえない絶望の日々も

21年かけて足遣いを卒業し、40歳近くで左遣いになった簑紫郎さん。さすがに、その先のキャリアが見えずに絶望した時期もあったそうです。

足を持つ人形の役はどんどん重要なお役になっていくとは思いますが、21年といえば、生まれたての赤ちゃんがすっかりオトナになるぐらい長い期間です。

その間も、若手の勉強会の公演には出演していた簑紫郎さん。年次があがるにつれて主役級の大きな役が回ってくるようになると、自分でも驚くほど身体がよく動いたといいます。

「出口が見えなくて絶望した時期もありましたが、やってきて良かった。足遣いをさせていただいた経験が自分の体に染みこんでいるのを感じるんです」

産経新聞(2016.1.1)

主役級の師匠の足を使い続け、ずっと舞台にいることで、他の師匠の動きや息づかいを身を持って知ることができたそうです。

奥が深いです。





吉田簑紫郎さん、BUNRAKUをひろめるため「バックパッカー文楽」で文化交流

簑紫郎さんは、2014年から「バックパッカー文楽」で文化交流をつづけています。
バックパッカーの由来は、大きなバッグに着物や三味線などを詰め込んで行くからとのこと。

若手の仲間と一緒にアジア各国をめぐる自主公演で、
旅行や公演の手配もギャラの交渉もぜんぶ自分たちでやるそうです。

「若手だけで手作り感満載でやってるんです。楽屋にサソリが出たりもするけど、みんな喜んでくれるのがうれしい」

産経新聞(2016.1.1)

東南アジアには人形劇が盛んで、文楽の三人遣いを真似したものもあるそうです。

現地の人形劇団と交流したり、人形を実際に触らせてもらったり、いろんな出会いがあるそうです。





吉田簑紫郎さん:「咲くやこの花賞」受賞!

文楽劇場や地方公演、そしてバックバック文楽、芸の道をひた走る吉田簑紫郎さん。

順調に受賞を重ねて、平成29(2017)年 2月 に平成28年度「咲くやこの花賞」を受賞します。

この賞は、いろんな有名な人が受賞する大阪の大きな賞です。

決まった時は、師匠や先輩に報告して祝福された後、家に帰ってひとりうれし泣きしたそうです。




吉田簑紫郎さん:「うめだ文楽」のリーダー

2019年に5周年を迎えた「うめだ文楽」も、初代リーダーの吉田玉助さんから引き継いで、2018年からは簑紫郎さんがリーダーとなりました。

「うめだ文楽」は、お客さんの半分が文楽を初めて見る人たち。

簑紫郎さんたち若手は、文楽の名前を背負う責任を感じつつ文楽の面白さを若い世代に伝え、お客さんにも若手の成長を見守ってほしいということです。

簑紫郎さんは、NHK『にほんごであそぼ』にも出演。大阪梅田の若者に文楽をわかりやすく伝える「うめだ文楽」など、若手のリーダーとして成果をだしました。

「うめだ文楽」は一定の成果を上げたとして2021年の公演を最後となりました。

残念ながら「うめだ文楽2021」を最終公演とし、2022年以降の公演を行わないことが報告されました。

またいつの日か復活してくれることを祈っています!




吉田簑紫郎さん:初の写真集を発売!趣味や特技は??

簑紫郎さんはインスタグラムがあります。

得意のカメラをいかして町の風景や人形の表情を切り取った写真がたくさんのっています。人形遣いさんならではの人形のアングルにはっとします。

そして2021年6月11日文楽人形を被写体にした吉田簑紫郎さんの初写真集「INHERIT」の発売が発表されました。

子どものころから人形のしくみに興味があった簑紫郎さんは、手先が器用で何かを作ることが趣味。

自宅に工房があって、そこで人形を作ったり道具を作ったりしているそうです。




吉田簑紫郎さん:ボルダリングもできる??

あと、華麗なボルダリングの様子がTwitterに乗っていました。紋付き袴姿ですごい!





らら子的萌えポイント

簑紫郎さんの遣う上品なお姫様が好きです♡

簑紫郎さんのインタビュー記事を読むと、簑紫郎さんが師匠の吉田簑助さんや兄弟子の桐竹勘十郎さんたちのことを本当に大切に思っていて、アドバイスに耳を傾けていることが手に取るようにわかります。

一方で、東南アジア諸国に自主公演で文化交流をしてきたり、「うめだ文楽」で若い世代にわかりやすく公演したり、文楽の伝統文化を尊重しつつ、風をふかそうしているのが伝わってきます。

新型コロナで休演を余儀なくされた間は、深夜の物流センターの冷凍倉庫で運搬のアルバイトに従事されていたという報道もありました。

重い人形を動かす仕事なので、休演中も体をなまらせないようにとこの仕事を選んだとか。

中学卒業後にすぐに文楽の道に入った簑紫郎さんにとっては、年下の先輩にいろいろ教わるのもいい経験だったそうです。

こういう切替の早さと柔軟な思考が、簑紫郎さんの強みであり魅力だと思います。ジャンルを超えてこれからの文楽を盛り上げていってくださることを期待しています。




参考にさせていただいたサイト:

公益財団法人 文楽協会 https://bunraku.or.jp/index.html
KENSYO>歌舞伎・文楽インタビュー バックナンバー
http://www.nohkyogen.jp/kensyo/int/bunraku-kabuki/36/36i.html

産経新聞west実りの40歳「人形遣い…修業は足10年」いつしか「20年」に 文楽・吉田簑紫郎https://www.sankei.com/west/news/160101/wst1601010008-n1.html

産経新聞west【芸能考察】楽屋にサソリ、トラブル続出だが…“バックパッカー文楽”アジアをゆく 超満員、舞台にのめり込む観客に感激
https://www.sankei.com/west/news/160926/wst1609260004-n1.html

此花さくや姫インタビュー
https://ameblo.jp/sakuya-art/entry-12448360313.html